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杉本五郎
杉本 五郎(すぎもと ごろう、明治33年(1900年)5月25日 - 昭和12年(1937年)9月14日)は、日本の大日本帝国陸軍 陸軍軍人。「天皇信仰の極北」とされる遺言本『大義』で知られる。
広島県安佐郡三篠町(現在の広島市西区 (広島市) 西区打越町)生まれ。少年期から将校に憧れ、大正2年(1913年)、質実剛健を伝統とする広島藩 浅野藩の元藩校・修道中学校 広島修道中学校入学。大正7年(1918年)陸軍士官候補生として広島の歩兵第11連隊に入隊。しかし同年起こった米騒動は、日本帝国の内部的危機の開始を告げる大事件となり、国体安泰の安易な夢が一瞬に打ち破られ、杉本の深刻な思索と悲壮な人生が始まった。寄生地主制 小作争議が激化し日本資本主義の屋台骨は揺らぎ始め、ロシア革命の影響で社会主義が台頭、また軍事的封建的支配の圧迫が加わり、社会に暗い圧迫感と絶望感が充満した。兵営の中から混乱した世の中を眺めた杉本は、危機を直感し自ら救世の先達になる決意を固めたのでは、と言われている。しかし軍隊に入った杉本には窓は一方にしか開かれておらず、皇国の精神を発揚し実践するための勉学と修養とに全精神を傾倒し、国粋主義者として前進していく。

杉本五郎 (漫画家)
杉本 五郎(すぎもと ごろう、1924年 - 1987年6月13日)は、東京都出身の男性。アニメーション研究家、映画フィルム収集家、漫画家、アニメーター、著作家。漫画執筆時のペンネームは、つゆき・サブロー、露木三郎。大日本フィルム社取締役、青山デザイン専門学校講師、東京工学院専門学校講師、アニドウ顧問などを務めた。
日本では有数のフィルム収集家としても知られた。12歳の頃からフィルムの収集を始め、本数は最高2万本に達した。記録映画、劇映画などあらゆる分野にわたるが、特にアニメーションの分野においては他の追随を許さないものであった。
戦災や火災で幾度もコレクションが幾度も被害を受けながら、1971年に大日本フィルム社を設立。だが同年、自宅の火災でコレクションの大半を焼失。しかし再びコレクションをはじめ、5千本までコレクションを再建した。国立近代美術館フィルムセンターより、そのコレクション数は多い。


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